<秋葉原殺傷>「中学までは幸せ」…加藤容疑者

毎日jp より抜粋

東京・秋葉原の17人殺傷事件で、逮捕された派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は、警視庁万世橋署捜査本部の調べに「中学時代までは幸せだった」と供述していることが分かった。中学までトップクラスだった成績が高校で下がり、希望する大学への進学をあきらめるなど学歴コンプレックスを抱くようになったとみられる。職場への不満を募らせていたことが既に判明しており、捜査本部はうっ屈した感情が重なり、事件に結び付いたとみている。

 加藤容疑者は青森県出身。地元でエリート校と呼ばれる市立中学校を卒業し、進学校の県立青森高校に合格した。入学直後は4年制大学への進学を希望していたといい、「北海道大学をねらう」などと話していたという。関係者は「両親は教育熱心でよくしかっていた。祖父母にも『教育のことには口出ししないで』と注文するほどだった」と振り返る。

 ところが、関係者によると成績はふるわず、高3の進路相談時には担任教師らに「トヨタで自動車を設計したい」などと話すようになり、自動車整備工を養成する岐阜県の短大に進学したという。毎日新聞の取材に応じた親族の男性は「好きで短大にいったわけではなく、本人も両親もがっかりしていた。高校で成績が落ちたことに劣等感があったようだ」とみる。

 加藤容疑者は調べに素直に応じ、留置場でも正座するなどして「うそをつくつもりはありません」と話しているという。生い立ちなどの質問には「自分の人生が嫌になった」と供述する一方で、「中学時代までは幸せだった」と話しているという。加藤容疑者とみられる人物が書き込んでいた携帯電話の掲示板には「三流の短大卒の私には(女性と交際する)チャンスはなさそうです」との記述があった。【川上晃弘、沢田石洋史】


最初に言っておきますが、容疑者に同情をしているわけはないです。

いろんな意味で涙が出てきます。子どもを殺された親の気持ち、大切な人を殺されてしまった人たちの気持ち。そして、知り合いがこのような犯罪を犯してしまったこと。。。

それを「中学校までは幸せだった」なんてもし本当に言っていたとしたら、ホントになんとも言えない気持ちになってしまう。

中学校のときを思い出すと、「行きたい高校ってなに?」って考える。
大学はいろいろな資料を請求したり、同じような学部でも学校によって特徴があったり、同じ偏差値の学校・学部でもいろんな選択肢があったり。でも、高校って「行きたい」って言って選んだっけ・・・?

私たちの学校は、成績・・・たぶんテストの結果や模試の結果を総合したもの・・・で行く高校を決められていたような気がする。私は成績はよかったから、市内でトップの進学校に行くことになっていた。でも、私はそこに行きたいと考えたことがない。なぜなら交通の便がよくないから。でも、私はその高校に通うことになっていた。私が「○高には行かないよ!」と話す先生みんなに言うと冗談にとられていたけど、結局進路を決める時期になって先生は「ほかの志望校は認めないよ。十分安全圏なんだから、受けなさい!」と言われた。そのとき先生が持っていたのは、生徒の成績が1番から順に並べられ、ココまでは○高、ココまでは□高、という風に機械的に線引きされていたもの。私の名前は、市内トップの学校の4番目に書かれていて、成績も内申書も文句なしの安全圏だった。

私が正直その学校に絶対行かない、と決めたのはそのリストを見せられたとき。先生は私を安心させるために見せたのだろうけど、私の志望校を成績順に決める先生たちが許せなかった。たぶん先生は私をそこの学校に受験させるよう説得させたかったんだろうけど、ウチの親が3者面談で発した言葉であきらめたようだ。それ以来は、私をその学校に受験するように言わなくなった。

うちの中学校はかなり管理されていた。私たちの上級生が「悪い」生徒だったから、そうならないように、そして入ってくる下級生には私たちを見本にさせるように、とかなりスパルタな学年だったと思う。いま思えばね。そして、カレも私もその被害者だったことを覚えている。

私にとっては管理された中学校生活は幸せではなかったし、むしろ、私は「成績のいい問題児」として中学校も高校も過ごしてきた。私は人に管理されるのはキライだったから。

でも、きっとその管理に慣れている人は管理されなくなったとき、自分はどうやって生きていけばいいのかわからなくなってしまう。私の元夫の一家もそうだった。

高校までは「○○はするな!」「こうしなさい!」。でも、学校を卒業すると「自分で生きなさい」

ダンナがそれを私に言ったときに「いい大人が、親のせいにしてんじゃないよ!」と言っていたけど、だんなの妹も同じコトを言ったときに、親の影響はここまで成長に関わるのか、と思った。それはよくも悪くもだと思う。

それを感じたときに、私の幸せは・・・

「ふつーにおとーさんがいて、おかーさんがいて、こどもがいて・・・毎日笑って暮らすこと」

バカみたいなことだけど、私には父親はいないから、これが私の理想の家族。
ちなみに、今は娘におとーさんはいないけど、でも、おかーさんとこどもと毎日笑顔で笑いの耐えない生活をしているつもり。決して「子どもを自分のモノとは思うな!」これが私の子育ての課題。

だって、もみくちゃにして、殴りたいほどかわいいんだもん(笑)


「誰でもよかった」と発言する殺人犯は、いったい心の中に何を抱えているんだろう。
それは殺人犯のみならず、明日自分の街で起こるかもしれない、私の周りのひとがなるかもしれない、そして・・・自分がなるかもしれない。

私は自分を卑下するような生き方はしない。でも、卑下してしまう人の理解者でありたい。

そう思うのは、偽善者なのかなあ。

でも、決して犯罪者は許さない。自分の感情で人を傷つけ、そして死なせてしまうなんて決してしてはいけないこと。

感情が犯罪を引き起こすことが多い世の中。あの、マンションの同じフロアの女性を殺害してバラバラにして流したのも理由が

「乱暴目的で自分の支配下に置くつもりだった。部屋が近いので東城さんを襲ったが、相手は誰でもよかった」

アダルトビデオとかを見て、「監禁」したかったって。


浅はかな感情の高ぶりによる犯罪が起きないよう、もっと心の豊かな世界でありたいです。