最初に言っておきますが、容疑者に同情をしているわけはないです。
いろんな意味で涙が出てきます。子どもを殺された親の気持ち、大切な人を殺されてしまった人たちの気持ち。そして、知り合いがこのような犯罪を犯してしまったこと。。。
それを「中学校までは幸せだった」なんてもし本当に言っていたとしたら、ホントになんとも言えない気持ちになってしまう。
中学校のときを思い出すと、「行きたい高校ってなに?」って考える。
大学はいろいろな資料を請求したり、同じような学部でも学校によって特徴があったり、同じ偏差値の学校・学部でもいろんな選択肢があったり。でも、高校って「行きたい」って言って選んだっけ・・・?
私たちの学校は、成績・・・たぶんテストの結果や模試の結果を総合したもの・・・で行く高校を決められていたような気がする。私は成績はよかったから、市内でトップの進学校に行くことになっていた。でも、私はそこに行きたいと考えたことがない。なぜなら交通の便がよくないから。でも、私はその高校に通うことになっていた。私が「○高には行かないよ!」と話す先生みんなに言うと冗談にとられていたけど、結局進路を決める時期になって先生は「ほかの志望校は認めないよ。十分安全圏なんだから、受けなさい!」と言われた。そのとき先生が持っていたのは、生徒の成績が1番から順に並べられ、ココまでは○高、ココまでは□高、という風に機械的に線引きされていたもの。私の名前は、市内トップの学校の4番目に書かれていて、成績も内申書も文句なしの安全圏だった。
私が正直その学校に絶対行かない、と決めたのはそのリストを見せられたとき。先生は私を安心させるために見せたのだろうけど、私の志望校を成績順に決める先生たちが許せなかった。たぶん先生は私をそこの学校に受験させるよう説得させたかったんだろうけど、ウチの親が3者面談で発した言葉であきらめたようだ。それ以来は、私をその学校に受験するように言わなくなった。
うちの中学校はかなり管理されていた。私たちの上級生が「悪い」生徒だったから、そうならないように、そして入ってくる下級生には私たちを見本にさせるように、とかなりスパルタな学年だったと思う。いま思えばね。そして、カレも私もその被害者だったことを覚えている。
私にとっては管理された中学校生活は幸せではなかったし、むしろ、私は「成績のいい問題児」として中学校も高校も過ごしてきた。私は人に管理されるのはキライだったから。
でも、きっとその管理に慣れている人は管理されなくなったとき、自分はどうやって生きていけばいいのかわからなくなってしまう。私の元夫の一家もそうだった。
高校までは「○○はするな!」「こうしなさい!」。でも、学校を卒業すると「自分で生きなさい」
ダンナがそれを私に言ったときに「いい大人が、親のせいにしてんじゃないよ!」と言っていたけど、だんなの妹も同じコトを言ったときに、親の影響はここまで成長に関わるのか、と思った。それはよくも悪くもだと思う。
それを感じたときに、私の幸せは・・・
「ふつーにおとーさんがいて、おかーさんがいて、こどもがいて・・・毎日笑って暮らすこと」
バカみたいなことだけど、私には父親はいないから、これが私の理想の家族。
ちなみに、今は娘におとーさんはいないけど、でも、おかーさんとこどもと毎日笑顔で笑いの耐えない生活をしているつもり。決して「子どもを自分のモノとは思うな!」これが私の子育ての課題。
だって、もみくちゃにして、殴りたいほどかわいいんだもん(笑)
「誰でもよかった」と発言する殺人犯は、いったい心の中に何を抱えているんだろう。
それは殺人犯のみならず、明日自分の街で起こるかもしれない、私の周りのひとがなるかもしれない、そして・・・自分がなるかもしれない。
私は自分を卑下するような生き方はしない。でも、卑下してしまう人の理解者でありたい。
そう思うのは、偽善者なのかなあ。
でも、決して犯罪者は許さない。自分の感情で人を傷つけ、そして死なせてしまうなんて決してしてはいけないこと。
感情が犯罪を引き起こすことが多い世の中。あの、マンションの同じフロアの女性を殺害してバラバラにして流したのも理由が
「乱暴目的で自分の支配下に置くつもりだった。部屋が近いので東城さんを襲ったが、相手は誰でもよかった」
アダルトビデオとかを見て、「監禁」したかったって。
浅はかな感情の高ぶりによる犯罪が起きないよう、もっと心の豊かな世界でありたいです。







